優しかった小学校の友達。

「国語の教科書見せて」と、頼んだら

快く「自分で書いてる国語のノート」を貸してくれたモッサン。

モッサンは小学校の同級生。

当時の僕は「お前は芥川龍之介か」などと
突っ込めるワケもなく、

唇をすぼめながら彼のノートを開いた。

するとそこには、見たこともないシールがところ狭しと貼られていた。

それが僕が初めて見た
「ラーメンばあ」というシールだった。

モッサンは、ビックリマンシールに嫉妬していた。

「もうサロンパスでよくねえ?」

彼のコダワリは周囲から
「貼れたらOK」みたいな目で見られていた。

モッサンはバカだったが、タフな子だった。
彼は叫んだ。
「『ラーメンばあ』のシール、ヘッドの見つけ方分かったぜ!」

ラーメンばあ、とは僕ら80年代の子供たちを
甘え上手なキャバ嬢のように虜にした
ビックリマン、に少し似たシール入りのお菓子。

僕らはビックリマンには詳しかったがラーメンばあは疎かった。

そう、モッサンだけ除いて。

モッサンは「今からでは勝てない」とクラスに5人は居た
ビックリマンコレクターに対抗すべく「別ジャンル」で勝負、といういささかセコイ考えの元、

勝手にひとりで「ラーメンばあシール」を集め出した。

孤高。

僕は彼に、崖の上で咆哮する虎を感じていた。

「ラーメン、ガルッルルウル!」

その声はクラスの誰にも届かず、
駄菓子屋のオバチャンだけが
「はいよ」と商品をクールに渡してくれていた。

小銭と引き換えに。

モッサンは名の響き通り、もさっとした外見。
体がでかくて運動神経が極端に鈍かった。

杉の精。

彼の愚鈍な動きは、僕らに校庭にでんと腰をすえた
何処かマヌケな杉の木を彷彿させていた。

「本木君」ときちんとした本名で呼ぶやつなどクラスに
一人もいなかった。その上、「モサいからモッサン」と、
彼の本名など皆、過去の失態の如く忘却していた。

しかし、外見とは裏腹に
モッサンは冷水をぶっかけられた野良犬のように
極度にテンションが高かった。

ギャップ男子。

彼はもさい外見からは想像もつかぬ滑舌で
浮気の証拠を掴んだ嫁の如くよくしゃべり倒してきた。

でもそれは、今思えば、
モッサンが親御さんに強引に行かされていた進学塾のストレスの現れだった。

モッサンの親は極度に厳しかったので、
モッサンはその塾を一度も休んだことが無かった。

勿論、モッサンというデキナイ生徒を任された進学塾の塾長も
相当なストレスだったと思う。

めんどい。

とにかく、僕はモッサンの事をそう捉えていた。

僕は鍵っ子だった。

両親が共働きだったので、学童保育がおわると、
業務のように家の鍵を開けて
親が帰って来る瞬間だけ勉強してるポーズをする、

というのが日常の定番だった。

2学期、
夏の空が秋の空気に変わりそうだったその日、

僕は家の鍵をなくした。

「やべー」

家に入れない僕は公園のベンチで途方にくれていた。

どうしていいか分からず、
すべり台を登っては降り、登っては降りを
何回も繰り返してみた。

「グー」

「俯瞰して見た人生」みたいな事をしてみても
お腹だけが減った。

どんどん暗くなって行く公園。
小学生の僕は寂しくて泣きそうになった。

「なにしてんの?」

その刹那、偶然通りかかったモッサンが話しかけてきた。

「家の鍵を無くしたんだよ」

僕は今自分が置かれている状況を
カップ麺の作り方のようにモッサンに話した。

でもモッサンは

「そんな事よりさっき、ドン・ゴッド理事長が出たんだよ!」

と興奮して「ラーメンばあ」のシールの話を始めた。

そして
僕は2時間、シールのメインキャラクター
ドン・ゴッド理事長の話を聞かされた。

今日は特別だぞ。

僕は強く思った。

銀座。

そこは社長たちの成功自慢と駄洒落を延々聞かされる
銀座の高級クラブだった。

途中、「ラーメンばあ」のスナックラーメン棒をくれたのは
空腹には助かったけど、
オマケのシールは正直、彼の口に貼りたかった。

僕は7時になり、両親が帰宅する時間になったので
家に帰った。

モッサンは
「また明日話そうぜ!」
と姿が見えなくなるまで手を振っていた。

僕は彼に分からないように
手の甲でバイバイをしていた。

翌日、学校に行くとモッサンが
頬と目を真っ赤に腫らしていた。

「モッサン、昨日塾をサボって
お父さんにぶん殴られたんだって」

僕はクラスのやつがそう話してるのを聞いた。

「昨日、無理して僕に付き合ってくれてたんだ」

僕は昨日饒舌に語っていた
モッサンの真意に気がついた。

いいヤツだな。

でも小学生の僕はモッサンに
素直に「ありがとう」と言えなかった。

僕は学童からの帰り道、駄菓子屋に寄って

初めて「ラーメンばあ」を買ってみた。

中からは見たこともないイラストの
正義の味方のシールが出てきた。

僕は「なんだこいつ」と少し笑いながら
半ズボンのポケットにそいつを丁寧に捻じ込んだ。

「明日、モッサンに聞いてみよう」

僕はそう呟いて空を見上げた。

小学生の僕にはまだまだ高い、群青の空。

そこに訪れた秋の夕暮れが、

僕らのほっぺたのような
紅みを少しだけ差していた。


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