顔も知らない友達。
たぶん、僕とみっちゃんは
一度も会ったことが無い。
でも、誕生日にメールや手紙を
送り合ってる変な仲だ。
みっちゃんは
友達のお母さん。
大学の同期の、
のーちゃんのお母さんだ。
のーちゃんの家には何回か遊びに行ったけど、
みっちゃんとは顔を合わせてない、と思う。
のーちゃんは
スレンダーなお姉さん系の見た目とはちがって、
小学生のような無邪気なノリが大好き。
「あんた、うちのお母さんが誕生日だから
おめでとうメール送ってみてよ」
僕とみっちゃんのメールの始まりはそんな
意味不明な娘のイタズラ心から始まった。
「初めまして。
のーちゃんの友達の同級生の男です。」
僕は言われるまま、
メールや年賀状を送った。
みっちゃんも返してくれた。
「これいつ完了するんだ?
お前の彼氏がやれよ」
僕はのーちゃんに言った。
「いいんだよ、あんたで。
なんか嬉しいらしいよ。みっちゃん。」
僕はなんだそれ、と言いながら
それでも途中で止めることも出来ず、
みっちゃんとのやり取りが続いた。
大学を卒業してから
すぐに、
僕の描いた読み切りの漫画が
雑誌に掲載されることになった。
僕はすぐにのーちゃんに
「次の号に載るからコンビニで買ってよ。」
と言った。
そしたら、のーちゃんは
「なんで、一個の読み切りを読むのに、
雑誌一冊買わなきゃならんのだ」
と断って来た。
「なんで友達じゃなくて読者視点なんだよ」
僕は笑いながら
「少しは喜べよ」とムカつきながらも、
でも「ドライなのーちゃんらしいわ」
と思った。
その一ヶ月後、
みっちゃんから
僕の漫画が載った雑誌のページの写メが来た。
どうやらみっちゃんは
のーちゃんから聞いて、
雑誌を買ってくれたらしい。
なんで友達である娘が買わないで
友達のお母さんが買うんだ、
と僕は少し笑うと、
「みっちゃん、ありがとうございます」
とメールを送った。
それから何年も経って、
僕は、
もう漫画を描く意味が分からなくなっていた。
僕は話すのが好きだ。
それは言葉、表情、などで
即興で自分のアイデアをアウトプット出来て、
それがおもしろければ
笑い声や笑顔で、
すぐにレスポンスが返ってくるからだ。
しかも、身に染みて待遇が良くなる。
女の子は友達になってくれて番号や
LINEを教えてくれるし、
男は「おもしろいやつ」として認識してくれて
飲み会の必需品にしてくれて
いつでもゲラゲラ笑ってくれる。
なんで、
わざわざ執筆の孤独と締切の重圧に耐え運動不足で太って
睡眠不足でフラフラになって原稿描いて、
漫画にして、読んで貰わなければならんのだ。
それでいて、読者の反応なんて、
どこで笑ってるかも分からない。
喋れば「すぐ」じゃないか。
僕は漫画を描く意味を見失っていた。
そんなとき、
のーちゃんから電話が来た。
「明日、みっちゃんの誕生日だから
メール送ってやってね。」
「分かってるよ。もう恒例だからな。」
僕はそう言うと
なんとなく、
絵文字も持って無いからメールに写メでも付けるか、
とコピー用紙にミリペンで絵を描いた。
もう彼氏と結婚したのーちゃんと
その娘の絵だ。
みっちゃんの顔は分からないからね。
僕は、
絵を写メで撮って
メールに付けて送った。
なんとなく、
「筆ペン持つのもひさびさだわ。」
と思った。
僕がこんなに漫画から距離を取ってるなんて、
小学校以来かも知れない。
そして、この距離はどんどん力を増して行って、
僕の元から居なくなるのかな、
でもそれも仕方ないのかな、と
そんなことを思った。
その数日後、
みっちゃんからメールの返事が来た。
「せっかくですので」、
という題名だった。
僕はメールを開いて驚いた。
みっちゃんは、
僕の送った写メを引き伸ばして、
玄関に飾ってくれたのだ。
僕は、
「テキトーに描いたのに・・」
と笑いながら呟くと、
「ありがとう」
とみっちゃんにお礼のメールを送った。
僕は、送信の確認画面を見ながら、
まだ、描けるかな。
と少しだけ思った。