恋の指名手配。
僕と友達は居酒屋で2人で飲んでいた。
男同士。
泥と汗の香りが舞う。
そこは土俵だった。
男しか許されない。
そんな場所だった。
「わー!絵を描かれる方なんですか?」
突然、
画面からしか聞いていない
「女性の声」が僕らの鼓膜に飛び込んで来た。
居酒屋の女性店員さんだ。
「えっ、あ、・・いや」
僕ははにかんだ。
僕ら2人は男だけで
やることが無く
「共通の男友達の50年後」
というテーマで
ボロボロのボールペンで似顔絵を描いて遊んでいた。
授業中。
それは自由を奪われた生徒のような
テーブル上だけの遊びだった。
「私の似顔絵も描いてくださいよ!」
その女性店員さんは
モナリザのような微笑を携えながら
瓶ビールを卓上に置いた。
それはとても眩しく
湖面に張った氷に乱反射する日の出の光にも思えた。
「・・・。」
僕は嬉しかった。
でも僕らは男だけで飲んでるという状況の
コンプレックスを見抜かれるワケには行かなかった。
「似顔絵・・。まあ、・・・了解です」
僕は出来るだけ不愛想に答えると
「じゃあ、10分後、また注文するので
ついでに似顔絵を取りに来てください・・。」
と伝えた。
女性店員さんは
「はーい!」と笑顔で返事をしてくれた。
そして、
ちがうテーブルに向かった。
それと同時に
僕は紙ナプキンにボロボロのボールペンを疾走させた。
それは本気の格闘だった。
センター試験。
僕は紙ナプキンへの解答に熱中した。
自分の持てる技術をボールペンに託し、
紙ナプキンとうキャンバスにインクを刻み込んだ。
普通なら、競馬新聞に丸を付けるような
しみったれた文房具。
でも僕は、
このボールペンで、
彼女を紙に吹き込む。
「あ、似てるよ。」
と言う友達の声はシカトした。
お前の相手をしてる場合ではないのだ。
そして、完成した。
僕は充足した。
そして満面の笑みでタバコに火を灯すと、
食べもしない冷ややっこを注文するために
呼び出しボタンを押した。
無論、
先ほどの女性店員さんを呼ぶためだ。
僕の、このインクの染みたラブレター、
どう捉えてくれるだろうか。
「はい、お待たせしました」
全然知らない男性店員さんが来た。
「え・・?」
僕は突然の出来事に状況を飲み込めず、
「あ・・、冷ややっこひとつ・・お願いします。」
とだけ答えた。
僕は冷ややっこのあとも、
1時間に渡り、要らない食べ物を6個注文した。
でも、
先ほどの女性店員さんは現れなかった。
喧噪の店内を見渡しても、
その子は居なかった。
痺れを切らした僕は、
醤油ラーメンを持って来た男性店員さんに
「えっ、と・・20才くらいの、笑顔の素敵な
女性店員さんはどちらに居ますか・・?」
「え?どの子ですか?」
男性店員さんは「バイトの女の子はいっぱい居る」
と言わんばかりの困惑の表情で
「分からない」と言った。
「ほら、この子です」
僕は先ほどの情熱を刻んだ
似顔絵を見せた。
「あー!はいはい!分かりました!
1時間前に帰りましたよ」
僕の絵の情熱は
意図せず、
男性店員さんに届いた。
指名手配。
そういう利用方だった。
「帰ったんだね」
僕らはまた酒を喉に流し込むことにした。
持ったジョッキグラスはいつもよりも
重く感じ、
僕はジョッキの置かれたテーブルに顔を近づけた。
「キスっぽいよね」
男友達は「ふふっ」と笑うと
僕の頭を優しく撫でてくれた。
それは1月の冬の手とは思えないほど
暖かく、
僕に買ったばかりの
新品の毛布に包まれたような
心地よさをくれた。
絵の中の店員さんは
僕らに変わらぬ笑顔を届けてくれて
「なに泣いてるのよ。男の子のくせに」
と励ましてくれた。