夏とグラスの水泡。

友達の文也はパチスロが大好き。

「数時間で10万勝ったぜ」

と僕にファンフーレのような電話をくれて、
安居酒屋でお酒を奢ってくれる。

飲むビールは僕にとっては雨を待ってた草木が欲する水分で、

文也にとっては寝汗のようなものだ。

「気にすんな」

文也はいつも言う。

でも彼はその翌日に10万掏ったりする。

お金のない僕は申し訳ない程度に文也の煙草を買う。

彼はコンビニの前で煙をくゆらせながら
「うめぇー」と言う。

文也の笑顔はとても数百円のものとは思えない。

僕が
「昨日なら何カートン買えたんだよ」

と言うと

「枕にして寝たかったわー」
と笑う。

彼にとって、
金銭の起伏は日常の一環なんだろう。

僕は都合よく
パチンコ店の看板が憎らしく思え、
無意味に睨む。

看板はいつも陽気に光っている。

路上でそんな無意味なタイマンをしていると
初夏の熱気が

僕のTシャツの首元にまとわり付く。
風を送る為に襟元を手で伸ばし

「また伸びて笑われるか」と

文也の顔が浮かぶ。

彼は僕のTシャツがヨレヨレだと
いつも嬉しそうだ。

僕は少し分厚くコーティングされた
生地に付いた汗を左手で拭うけど、
夏の熱は一向に離れない。

でも、それでいいと思える、

そんな季節に、僕は一通のLINEを送った。

「沙織ちゃんと過ごせていろいろと楽しかったです。
 バイバイ」

短いLINEだったけど、
この行間には色んな思いが詰まっていた。

簡単に言うと涙マークの絵文字だ。

送信相手は
梅雨前に出会った女の子。

大学時代の友達の友達の友達、という
あみだくじみたいな知り合い方だった。

6月に
初めてふたりで飲みに行った。

髪の毛が肩くらいまでで
雨で濡れていた。

僕が居酒屋で

「武田鉄也みたい」
と言うと、
その子は髪を揺らしながら

「キューティクル」と
言った。

僕が「武田鉄也はそんなセリフ言わない」
というと
その子はカラカラと天井を向いて笑っていた。

でもその子は
居酒屋のレジで知らない老夫婦に
自分のビニール傘をためらいもなく渡した。

僕は
「まじで金八じゃん」
と笑ったけど、

本当はその子に両手で
体をわし掴みにされた気分になっていた。

「恋愛枠」が空っぽだった僕は
その子のことを毎日のように考えるようになった。

大手雑貨店の正社員で働く彼女は
いつも決まった時間にLINEが既読になり返信をくれた。

出勤中、昼休み、帰りの電車内。

僕はこんな責任ある働き方をした事がない、そう対比してしまう。

規則正しく鳴る僕のスマホが
彼女の真面目さを物語っているようだった。

「大学卒業したら自活するの普通でしょ」
笑いながら放たれた彼女の言葉にずしんと心が重くなった。

ある日、いつものように彼女の就業おわりに地元の居酒屋で飲む事になった。

僕は、時間も遅かったので
スマホで彼女の終電を調べ何度かその時間を会話で確認しながら2人で飲んだ。

終電20分前になったので
彼女がトイレに立った隙に店員さんを呼びお会計を済ませ
「さあ、帰ろう」
と言ったら

「うーん、今日は漫画喫茶に泊まろっかな」

と彼女が言い出した。
終電付近だと電車の乗り換えが面倒だと言う。

僕は
「いや、帰ろう。家の方がゆっくり寝れるから」
と彼女を説得し駅まで見送った。

僕は、僕との遊びのせいなんかで
彼女の規則正しい生活パターンを乱したくなかった。

それくらい僕はしっかりと社会人を営んでいる彼女に憧憬を抱いていた。

でも、その日を境に
彼女は連絡がまちまちになってしまった。

LINEもほとんど既読にならなくなり
意を決して掛けた電話にも
出なくなってしまった。

僕は「電話を無くすなんてバカだなぁ」
と強引に笑ったけれど、
そこはもう分かる。

僕と連絡を取りたくなくなってしまった理由は分からないけど、
僕を必要としてないことだけは分かった。

僕の声でその子が笑うことはないという現実だけが、
夏の影のように色濃く脳裏に刻まれた。

もう電話をするのはダサいと思い、
一通だけお礼のLINEを送ってバイバイした。

勿論、返信なんて来なかった。

スマホが光ってないかを横目で10分おきに確認して、
少し返信を期待してしまってる自分に気付いて
「アホか」と下唇を噛んだ。

次の日の夕方、友達の文也から電話が来た。

「スロットで勝ったから飲み行かない?」

文也の声はピンポン玉のように弾んでいて
5万円以上勝ったな、とすぐに分かった。

僕は失恋の傷を酒で洗い流したかったので、
「奢ったるでー」のビブラートのかかった美声に完封され
すぐに駅前の居酒屋に向かった。

僕らはふたりで
「ダウンタウンの浜ちゃんって、松っちゃんも自身も努力型って謙遜してるけどどう考えても感性が天才」
などと語ってから店を出て、

文也の奢りでキャバクラに行った。

文也はキャバクラ嬢に
「スロットのランプがパトカーのように止まらなかった」と
自慢をしていた。

キャバクラ嬢ふたりが
「警官、シャンパンが飲みたいの」と
文也に甘え、

それを見た僕も
「ドンペリニョン・ポリス」と滑舌よくキャバクラ嬢側についた。

グラスに注がれるシャンパンから炭酸が溢れた。
僕は泡のつぶを酔った目で凝視して
「夏の恋と似てるわー」と思った。

グラスの底から湧き上がってくる気泡は
表面に辿りつくとはじけて消えた。

「瞬間だから爽快なのかね」と僕がいうと

文也は「早く飲めよ」と笑いながら
僕のTシャツの袖を引っ張った。

その夜の僕は失恋のことは忘れてよく笑った。
サオリという源氏名のキャバクラ嬢に

「ねえ、場内指名入れてよ」とせかされたけど、

「名前が一緒だから嫌だ」
とその場のだれも理解できない理由で断った。

文也は「なんだそれ」と笑いながら会計を済ませ、
僕らは明け方に帰宅した。

僕は夕方くらいに目を覚ますと、
二日酔いで頭のなかで太鼓を叩かれてるような気分のまま、
「昨日、文也けっこう金使ったんじゃねーか?」と少し心配になった。

文也が知らないのをいいことに
僕は自分の失恋の癒しに彼を使ってしまった。

これは一言お礼を言わなきゃな、
例え、スロットで勝ったお金でも。

僕は文也に昨日はサンキューね、と電話をかけた。

「お客様のご都合により通話が出来ません」

「え?」
文也のケータイは何度かけても繋がらなかった。

「スロットで勝ったのに料金未払い?」

僕は文也に「どうしたんだ?アホか?」とLINEしようとした。
そして、僕は自分がアホだと気付いた。

梅雨の時期に会った女の子。
その子に送った筈の最後のLINEを

僕は間違って文也に送信していた。

「沙織ちゃんと過ごせていろいろと楽しかったです。
 バイバイ」

文也はこの二行のLINEで
全てを感じ取り、僕にキャバクラを奢ってくれたのだ。

その証拠に見事に既読マークが付いていた。

ああ、僕を元気づけるために
スロットなんて行ってなかったんだな、

僕は初夏の夕焼けを窓越しに見ながら
「すまん」と文也に謝った。

そして「サンキュー」と小声で呟くと

「俺も文也が失恋したら酒、たらふく奢ろ」と
決めた。

窓の外は雲が
昨日の僕らの顔のように夕日に紅く染まっていた。

「シャンパン旨かった?」

僕は夏に浸かろうとしてる雲にそう笑顔で問いかけると

ATMに寄ってから

昨夜「なんだそれ」とすっとぼけてた
文也の家に、

含み笑いで向かった。

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