袋に入れそうな彼女。

僕の彼女は身長が150cmもなかった。

大学2年生の頃だと思う。

彼女の名前は夕菜。

本人は
「うちの両親が夕方、水に濡れた菜の花を見つけたらしいよ。
私を産んだ帰りに。

それで付けた名前だって。
菜の花のように長く育つように」

と言っていた。

「長く育つってなんだ?」
と僕は不思議に思ってたけど、
身長のことではないのは分かってた。

夕菜はよく、僕の一人暮らしの部屋に来ていた。

僕が、いつも部屋に忘れてく
リズリサの袋を指差して、

「エスパー伊東やってよ。」

と笑いながらせがむと

「入んないよ。入ってもキツい。
 体も心も二重に。」

なんて言う。

僕は「アホだなぁ」

って言うけど
夕菜が帰った後のリズリサの袋を見て
含み笑いをしてしまう。

派手な色使いの袋はなんだか陽気に見えて、

彼女の抜け殻みたいだ。

「出てきてもいいぞ」
なんてキモイ事を袋に向かってひとり呟いて、微笑ける。

夕菜と出会ったのは地元連中との飲み会。

凄く小柄だな、が第一印象。

向かい合って座っていたので、
テーブルに鎮座させられた鏡月のボトルと大差なく感じた。

なのに
「ビール大ジョッキで」なんて言うから

「なんかディズニー映画みたいだね」
って突っ込んだら、

「さっき店頭で年齢確認もされたよ。
 こども一枚、だよ。」

って返してきて、身長も含めて、

「この子、伸びるかも」と思った。

そこから数回のデート後、付き合う事になった。


僕はその頃、美大に通っていて課題用として使っていた
パソコンが壊れて、
手書きで作品を提出するか悩んでいた。

マウス操作でクリックしても反応が遅い。

彼女が横にきて
「私くらい反応よければいいのにね」

なんて下ネタにも取られかねない事を言うので

「...ごめん、袋に入ってて。」

と、リズリサの袋を指差した。

僕は大学の作品づくりのほとんどをパソコンで賄っていたので
「これは単位に響きまくる」と本当に焦っていた。

今思うと、気持ちに余裕が無かった。

彼女が気を使って
「お茶飲む?」と聞いてくれても敢えてシカトした。

パソコンにも軽い空手チョップを数回した。

夕菜は
「割れない、瓦じゃない」

と冗談のように言っていたけど、
声は震えていた。

僕は
(あ、ごめん!酷いところ見せちゃったな)と思ったが、焦りの流れで謝ることが出来なかった。

僕の初めての荒れた言動に驚いたのか、
夕菜は「ごめんね、帰るね」と小声で呟いてドアを閉めた。

なんとなく横目で
彼女の後姿を追ったら、
背中がいつもより小さく感じた。

その日以来、
夕菜と上手く連絡が取れなくなった。

朝のメールは来るけど、
彼女がいつもくれていた学校帰りのメールが
来なくなった。

電話にもほとんど出なくなった。

僕は、初めて

彼女との距離を感じていた。

僕はかなり弱気になり、
「パソコンにチョップしてごめん。
瓦のため、屋根に修行に行きます」

なんてメールを入れても

2日経ってから「気にしてないよ」という
返信がくるだけだった。

なんとなく、

もうフラれたな、と感じた。

その日からもう連絡するのは止めて、
夕菜の残していったリズリサの袋も収納に仕舞った。

彼女の持ち物が視界に入るのが辛かった。

今度は僕が本当に抜け殻のようになり、
気づいたら

手書きで夕菜の似顔絵を描いていた。

「全然似てねーな」と思った。

よく考えたら彼女に
「似顔絵描いてよ」と言われても

「チラシを切らしてるから無理」
と面倒くさそうに全部断っていた。

瞼、二重だっけ?一重だっけ?

僕はそんな事も分からなかった。

一年間も付き合って、
彼女のなにも見てなかったんだ、と
唇を噛んだ。

なんだか情けなくて、
コンビニで買った缶ビールを無理やり喉に押し込んだ。

ひとりの部屋は広く感じる、なんてよく言うけど
僕には狭く感じた。

それはきっと、
彼女の背丈が小さいからとかじゃなくて、

彼女がいてくれたこの部屋が

楽しかったんだな、と思った。

彼女のいない六畳の部屋は
物置小屋のように味気なく感じた。

次の日、僕は地元友達の文也を居酒屋に呼び出して
「フラれましてー」と楽しそうに話した。

文也は「平気だろ、うちらにはこの店がついてる」
とキャバクラのライターを見せてくれた。

僕は笑いながら
「今夜の俺は火がつきまっせ」とそのライターで
煙草に火を点けた。

その刹那、彼女からケータイが鳴った。

僕が驚いて通話ボタンを押すと

「どこにいんの!?」

と彼女の大きな声が飛び出してきた。

大急ぎで部屋に帰ると
夕菜は

大きなリズリサの袋を抱えていた。

彼女は「はい」と渡してきて
中を覗くと

新品のパソコンが入っていた。

僕は事情が飲み込めず
「え、え、」と彼女の顔とパソコンを交互に見ていたら

「大事に使ってよ。
 私、焼き鳥何本運んだと思ってんの」

と彼女は笑いながら言った。

なんでも、彼女は
僕にパソコンをプレゼントする為に
学校の後、焼き鳥屋でバイトしてたらしい。

僕が
「おめぇメールくらいよこせよ」
と力いっぱいヘッドロックをかけると、

「プレゼントってそういうもんでしょ」
と彼女は笑いながらタップした。

間近で見る夕菜の瞼は二重だった。

僕は後で線を一本足しとこう、と思った。

僕はパソコンをそおっと
袋から出すと
大きなリズリサの袋を指差して、

「これなら間違いなく入るね、夕菜丸」
と言った。

彼女は
「それ前提の袋だよ」と笑った。

でもその半年後、

彼女が「焼き鳥屋のバイト先に好きなひとが出来た」
と言い出して、
僕らはあっけなく別れてしまった。

僕は
「鶏が先か、パソコンが先か」

と居酒屋で文也に泣き言を漏らした。

僕はそのとき、きちんとお礼を言ったかは
覚えていない。

パソコンもそれから数年で壊れてしまったし、
絵も結局渡すことはなかった。

でも部屋の収納にはリズリサの袋が
まだたくさん残っている。

なんだか、やっぱり彼女の抜け殻のようで、
捨てられない。

この間、

数年振りに夕菜から連絡が来た。

「昔からのあだ名でSNSをやるなんて隙だらけだ。」
と笑われた。

よく行ってた居酒屋で会う彼女は
二児の母になっていた。

僕が

「ペース早いな。
 チビなのにビッグダディ目指すの?」

とビールを飲みながら笑うと

彼女は
「ダディは受け入れられない」
と大ジョッキを傾けながら笑った。

「御つまみ、なに頼む?」と彼女が聞いてきたので

「焼き鳥だけは絶対食べない」

と言ってやった。

「そういうとこ変わってないね」

と夕菜は当時と同じ笑顔を見せてくれた。

瞼はやっぱり二重で、

それを見た僕は、

店内の喧騒に紛れるように

「好きなのも変わってないぞ」

と気づかれないように

小声で

そっと言ってみた。





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