友人のナンパ失敗の味。
「がぶり」
友人は涙目になりながら
ハンペンに噛み付いた。
味のしない、おでんのトッピングのハンペン。
ハンペンの灰色は
曇り空のような彼の心情を、さらりと映していた。
そう、
場所は居酒屋。
15分ほど前、隣席に女の子3人が座った。
友人はカッコつけて
「あの席に、ハンペンを」
と、あの席にシャンパンを、的なノリで
店員にオーダーした。
店員は「?」みたいな顔をしながら
「あちらのお客様からです」と
女性客に皿に乗せたハンペンを渡してくれた。
「笑ってくれるはず」
このライトな笑いは
きっと、男女の交流の潤滑油になる。
友人はそう確信していた。
「仲人は、ハンペンです」
僕にはそんな彼の披露宴での軽妙なスピーチまでもが
表情から汲み取れた。
なのに、
「結構です。
いりません」
店内に電子辞書のような
無機質な音声が響いた。
女の子3人は常識人だった。
赤の他人からのハンペンを
「キモい」と断る、
常識人だったのだ。
困惑した表情を浮かべた店員さんは
意を決したように
踵を返し
ことん、
と僕らの席にハンペンを置いた。
僕らの目の前に
味の付いてないハンペンが来た。
無表情。
柄も凹凸も無いハンペンは
何も語らなかった。
それは、
先ほどの3人の女の子の反応と酷似していた。
将棋版のように僕ら2人の間に鎮座する
パンペン。
石ころ。
それは何の役目も無い、路傍の石だった。
僕らの心に投げつけられた
固い固い、石だった。
「がぶり」
友人は唐突にハンペンを食べだした。
それは黙々と、まるで読書のよう。
彼の目には涙が浮かんでいた。
僕はそっと目を閉じた。
見ちゃダメ。
僕の目蓋にも
うっすらと涙が滲んでいた。
僕は友人が無味無臭なハンペンに飽きてしまうんじゃないか、と危惧していた。
でも、それは彼の頬を伝う涙が口元に寄り道してくれて
ハンペンに
塩味をくれた。
調味料の登場に安堵した僕は
ふと窓の外に視線を流した。
分厚い雲のグレー色と夕暮れの黒のグラデーション。
冬の空は毅然とした態度で夜を纏おうとしていた。
その中に1つだけ申し訳なさそうに
鈍く光る
星を見つけた。
僕にはそれが
この店の暖簾から
「やってます?」
と弱気に顔を出す友人に思え、
「お客様来ましたよ」
と冬の空に小声で伝えた。