駅のホームでの意外な喧嘩。

「ふざけんじゃねーぞ!バカヤロー」

「ナメてんじゃねーぞ!コラァ」

数年前の冬の
深夜の駅のホーム。

若者が怒鳴っていた。

近くにいた僕と
中年サラリーマンたちは
驚きに眉を顰めた。

同じ中年。
「大きな声は、カラオケで」
のアムラー世代だからだ。

どうやら1対1でケンカを
してるらしい。

肩でもぶつかったんだろうか?

二人とも20代。

肩は大切な時期だ。

投手では無くても、
肩は暖めていたい。

冬なら尚更。

僕は勝手な解釈を行うと充足し、
ゆるりと吐息を吐いた。

僕の身体を出た空気は目に映る質感となって
頭上を伝い、深夜の駅ホームを俯瞰した。

彼らとの距離を教えて欲しいナ。

僕は至近距離での若者の喧嘩、という少しの非日常に、

軽く現実逃避と傾向と対策を行おうとしていた。

でもよく見ると
ケンカではない。

「てめー、ちょっと
駅から出ろよ!」

「ご、ごめんなさい」

一方的に怒ってる。

ピッチャーとキャッチャーの関係だ。
本当に肩が大事じゃないか。

片方はマジメな学生風。

そしてもう一人は

なんと

全身タトゥー。

袖を捲ったシャツから
もんもんがバンバンはみ出してる。

いや、もう体からはみ出してるくらい
刺青が入っている。

いや

入っていらっしゃる。

しかも「和」な感じの。

これはケンカではない。

漁だ。

僕は駅の中で
一番太い柱に隠れた。

その柱は
僕の全身を包み隠してくれて縄文杉のように逞しく感じられた。
鋼鉄製なのに温かい。
いや、

鋼鉄だからこそ、温かい。

僕に屈強なボディガードが誕生した瞬間だった。

しかし、喧嘩は続行中。

一方的な怒号が深夜のしんとしたホームの空気を
洗濯機の如く掻き回す。

周りの中年サラリーマンたちは

この若者がキレてるのを
知らんぷり。

中には
スマホのイヤホンをいきなり両耳に挿し出した人物まで。

選曲はきっと電池切れだろう。

正解だよ、おじさん。

同じくおじさんの僕は目を細めた。

その行動はとても正しい。

鼓膜ごと、現実に蓋をする。

喧嘩?知りませんでした。
その行動は
自分を駅のホームというリング上から遠くに導いてくれる。

そう、

皮肉にも電車のように。

暴力へのレールには乗らないぜ?
おじさんの耳から垂れ下がっている長いコードは捻りハチマキのように

彼の「関わらないぞ」という意思の強さを如実に物語っていた。

その刹那、

僕は不思議な事に気づいた。

その不可解さは幼き頃の夜中のトイレから聞こえてきた
呻き声を彷彿させた。

翌日、姉がウンコを踏ん張ってた、と聞いたときの安堵感は
何物にも変えがたかった。

その位の不思議さ。

なんと

「ふざけんな!コラァ」

と言ってるのが
マジメな学生で

「か、勘弁してください」

て、謝ってるのがタトゥーメンなのだ。

「夏の北海道だ」

と思った。
僕は「逆」だと思ったのだ。

北海道にも夏は来るだろう。

でも、この
マジメ青年がタトゥーバディを叱責してる光景はなかなか無い。

つまり逆以上だ。

駅のプラットホームが謎に包まれた。

隣のホームの通過電車も

「ガタン、ゴトン?」
と後半半音上がっていた。

でもすぐに謎は解けた。

マジメ青年が

「そんなにタトゥー入れて
明日からバイトどうすんだ!」

と怒鳴ったから。

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